総理は歩いて10分の靖国神社に入らず、駐車場から拝みましたわ。コメント欄は、めったにないほど割れましたの
靖国神社とは何か。なぜ総理は、神社まで歩いて10分の場所で立ち止まったのか。初めて読む方に伝わるように、最初から順にご説明いたしますわね。
コメント欄の集計
票を集めた順。左が共感、斜線の右が「うーん」ですわ。うっぷんがどこに溜まっているかは、ここに出ますの。
- 1位 3753 ∕ 736 千鳥ヶ淵戦没者墓苑には参拝なされたのか。靖国がダメならこちらでもよいのでは。喧騒から離れて静かに参拝できるし、総理と大臣名義の献花も飾られていた。戦没者慰霊なら正直こちらの方が適しているのでは、と
- 2位 3014 ∕ 552 今の政治家は他国と交戦状態になっても自分が最前線に行くわけではない。復員した親族は当時のことを一切話さなかった。儀礼儀式的なことはともかく、慰霊の気持ちは忘れてはいけない、と
- 3位 1776 ∕ 474 誰に遠慮しているのか。他国は弾道ミサイルを撃ち、日本が抗議すれば内政干渉と言う。日本のために戦った方の御霊への哀悼に首相が直接出向いて何が悪い。これまでの考えを貫いてほしい、と
- 4位 1205 ∕ 261 参拝するかどうかは政治的・外交的な問題もあるから、それぞれの判断があっていい。ただ亡くなった人たちまで政治論争の道具にするのは違う。まず一人の人間として静かに慰霊する気持ちを大切にしたい、と
- 5位 654 ∕ 292 個人として・公人としてと、マスコミは騒ぎすぎではないか。隣国のお怒りを毎回伝えて「参拝しないほうが無難」という感覚を作り上げていないか。個人的には堂々と参拝してほしい、と
親コメント1,567件を読み通しましたわ。押された「共感した」は合計23,169回、「うーん」は合計13,797回——割合にして63対37ですの。1件ずつ見ると、「共感した」より「うーん」のほうが多く押されたコメントが533件、つまり3件に1件で、このサイトで数えた17本の記事の中でいちばん高い割合ですわ。いちばん支持されたのは「千鳥ヶ淵戦没者墓苑には参拝なされたのでしょうか?」(共感3,753)、3番目は「誰に遠慮してるんですかね」(共感1,776)。「行くと言っていたのに」を論じた98件は、共感の合計1,626・うーんの合計1,583で、ほぼ半々に割れましたの。遥拝そのものを論じた163件は、共感2,569に対してうーん2,780——「うーん」のほうが多くなった、唯一の大きなまとまりですわ。そして総理をかばう意見でいちばん支持されたもの(共感487・うーん625)にも、総理を責める意見でいちばん支持されたもの(共感165・うーん508)にも、「うーん」のほうが多く押されましたのよ。
8月15日は、日本が戦争を終えた日ですわ。81年目のこの日の正午、東京の日本武道館で全国戦没者追悼式が開かれましたの。天皇皇后両陛下がご出席になり、全国の遺族とともに黙祷する、この国でいちばん静かな式典ですわ。
高市総理はこの式典に出席なさいましたの。そして式の前に、武道館の駐車場で、靖国神社の方角に向かって「二拝二拍手一拝」——神社にお参りするときの正式な作法——をなさいましたわ。離れた場所から神社を拝むことを「遥拝(ようはい)」といいますの。武道館から靖国神社までは、歩いて10分ほどですわ。総理は神社への供え物のお金(玉串料)を自民党のトップとしての名義で自費で納め、神社の中には入りませんでしたの。いっぽう同じ日、小泉防衛大臣を含む4人の大臣は、神社の中に入って参拝しましたわ。
なぜ、歩いて10分の場所まで来て、中に入りませんの? ここからご説明しますわね。
靖国神社とは。 1869年、明治政府が内戦の戦死者を慰めるために建てた神社で、以来、国のために死んだ約246万人を神として祀っておりますの。戦死した兵士の名前が、一人ずつ登録されている場所ですわ。話がこじれた分かれ目は1978年ですの。この年、東京裁判で有罪となったA級戦犯14人が、祀られる名簿にひそかに加えられましたわ。それ以来、中国と韓国は「日本の総理が靖国に参拝することは、あの戦争を正当化することだ」と抗議するようになりましたの。昭和天皇は戦後8回参拝なさいましたが、1975年を最後に行かなくなり、A級戦犯が加えられてからは、天皇の参拝は一度もありませんわ。現職の総理が神社の中に入って参拝したのは2013年の安倍総理が最後で、このときは中国と韓国だけでなく、アメリカ政府まで「失望した」と表明しましたのよ。
つまり靖国神社は、「戦死者を悼む場所」であると同時に、「総理が足を踏み入れると外交問題になる場所」ですの。
高市総理は、大臣だったころから長年、この日に靖国参拝を続けてきた方ですわ。ですから今年の8月15日は、「総理になっても中に入るのか」が朝からニュースになっておりましたの。その答えが、駐車場からの遥拝でしたわ。
どう数えたか、先にご説明しますわね
わたくしは翌16日の朝、この記事のコメント欄から親コメント1,567件(返信を含めると2,432件)を全部読みましたわ。
ヤフーニュースのコメントには、読んだ人が押せるボタンが付いておりますの。「共感した」と「うーん」ですわ。「共感した」は「この意見に賛成」、「うーん」は「この意見はどうかしら」——日本でいちばん丁寧な反対の言い方ですのよ。
1,567件のコメントに押されたボタンを全部足しますと、「共感した」が23,169回、「うーん」が13,797回。割合にして63対37ですわ。
これがどれほど珍しいか、ご説明しますわね。日本のコメント欄は、ふだん、意見がほとんど一方向に揃いますの。たとえば以前わたくしが数えたNHK受信料についての記事では、コメント欄に押されたボタンの98%が「共感した」でしたわ。読者のほぼ全員が、同じ意見に頷いていたということですの。今回の63対37というのは、読者の意見が真っ二つに近い、日本のコメント欄ではめったにない状態ですわ。
もう一つの数え方がございますの。コメントを1件ずつ見て、「共感した」より「うーん」のほうが多く押されたコメント——つまり、書いた人の意見が、読んだ人の多数に受け入れられなかったコメント——を数えますわ。今回は1,567件のうち533件。3件に1件ですの。このサイトで数えてきた17本の記事の中で、いちばん高い割合ですわ。これまででいちばん高かったのは、今月の原爆についての記事——8月の戦争にかかわる話題だけが、こうなりますのよ。
コメント欄の声を、支持の多い順にご紹介しますわ
いちばん多くの「共感した」を集めた声は、「参拝すべきだった」でも「参拝しなくてよかった」でもありませんの。別の場所を指さす声でしたわ。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑には参拝なされたのでしょうか?
靖國神社がダメならこちらには参拝してもよいのでは?
先程、私も靖國神社参拝の後に千鳥ヶ淵戦没者墓苑に初めて参拝してきました。
宗教や中国人活動家のビラ配りの喧騒から離れていて静かに参拝できて良かったですよ。
高市首相その他大臣名義で献花がたくさん飾られていましたね。
戦没者慰霊なら正直こちらの方が適しているのでは?
身元不明の無縁仏も祀られていますし。共感3,753・うーん736で、この欄の1位ですわ。千鳥ヶ淵戦没者墓苑——靖国神社のすぐ近くに国が建てた、宗教と関係のないお墓ですの。海外で亡くなって身元の分からなかった約37万人の遺骨が納められておりますわ。宗教でもなく、A級戦犯も祀られていないので、誰が参拝しても外交問題になりませんのよ。「靖国神社の外に道はないのか」という向きの声は38件ございまして、この割れたコメント欄で、いちばん大きな合意でしたの。
支持の3番目には、この日みんなが胸の中で思っていた問いが、そのまま置かれておりましたわ。
素人な意見ですが、誰に遠慮してるんですかね
他の国は弾道ミサイルの実験とかして、日本が抗議すると内政干渉などとコメント言います。
別に日本のために戦われた方の戦没者の御霊に対して哀悼の誠を靖國神社に首相が直接訪問することが何が悪いんでしょ。諸外国が批判することは内政干渉でしょ、、
高市首相、これまでの考えを貫いて欲しいと思います「誰に遠慮してるんですかね」——共感1,776ですわ。この問いには前段がございますの。高市総理は総裁選(自民党のトップを決める選挙)の前は「参拝する」と言い、選挙中は「参拝するか考える」と言い、当選したら参拝しませんでしたの——この移り変わりを並べて書いたコメント(共感52・うーん8)もございますし、「以前から参拝を続けると言っていたのだから、話が違うと受け取る人もいる。説明が必要だ」というコメント(共感494・うーん192)も上位ですわ。
行くと言っていた人が、行きませんでしたの。では、誰が止めましたの? コメント欄が挙げた「犯人」の候補は3つございましたわ。「日本は経済で中国に依存しているから、行くと言った総理でも行けないのだ」(共感327・うーん216)。「マスコミが毎回、隣の国の怒りを伝えて『参拝しないほうが無難』という空気を作っているのではないか」(共感654・うーん292)。「連立を組む相手の党に説得されて止めたのだろうか」(共感177・うーん200——これは「うーん」のほうが多くなりましたわ)。「誰が止めたのか」という問いそのものは1,776もの共感を集めましたのに、犯人の名前は、どれもコメント欄の多数決を勝ち抜けませんでしたの。
天皇のことを書いたコメント(共感425・うーん178)も上位におりましたわ。いわく——戦死者を悼むことと、靖国神社という一つの宗教法人にお参りすることは、分けて考えるべきだ。昭和天皇は戦後8回参拝したが、A級戦犯が祀られてからは行かなくなり、今の皇室もそれを引き継いでいる。それは死者を悼まないのではなく、国の象徴が特定の歴史の見方に肩入れするのを避ける、慎重な判断なのだ——という声ですの。天皇ですら入らない場所に、総理が入るかどうかで国が割れる。 それが靖国神社ですわ。
では、神社に入らず遠くから拝んだ「遥拝」は、うまい落としどころとして受け入れられましたの? なりませんでしたわ。「戦時中、国民は皇居の方角に向かって拝まされた(宮城遥拝といいますの)。その歴史のある言葉を、歩いて10分の駐車場で使うなど、ものを知らなすぎる」(共感148・うーん65)。「ヘリの上からとか、駐車場からとか…パフォーマンスにしては中途半端」(共感406・うーん118)。遥拝に触れたコメント163件のボタンを足すと、共感2,569に対して「うーん」2,780——この欄で「うーん」のほうが多くなった、唯一の大きなまとまりですの。どちらの側も怒らせないための折衷案が、どちらの側からも受け入れられませんでしたのよ。
そして、ここからがこのコメント欄でいちばん大事なところですわ。総理をかばう意見の中でいちばん支持されたものと、総理を責める意見の中でいちばん支持されたものを、続けてご覧になってくださいませ。
高市首相でもまだ直接参拝は難しいのか…と少々がっかりはしましたが
それでも「遥拝」という選択肢をとっていただけただけでも個人的には良かったと思いました
首相は国のために戦ってくれた先人たちに遠くからでも慰霊の意を表してくれた
これは過去の「やりたかったけどできなかった」で終わらせた人たちとは小さいけど決定的に違うことを示しています
この小さな行動が積み重なって、いつか直接参拝の機会が得られますように国益のためには靖国参拝を見送ったことは評価できる。
一方、これまでの発言から、威勢の良い高市さんの支持者の多くは参拝すると期待をしていたが、結果としてそれを裏切った。それによる支持率の低下を抑えるための「二拝二拍手一拝」での得意のアピール。
国益のためならマーケットとアメリカからノーを突き付けられている消費税の減税も見送るべきである。上のコメントは、総理をかばっておりますわ——「がっかりしたけれど、遥拝を選んだだけでも良かった」。押されたボタンは、共感487に対して「うーん」625。賛成より反対のほうが多うございましたの。
下のコメントは、総理を責めておりますわ——「参拝すると期待させて、裏切った」。押されたボタンは、共感165に対して「うーん」508。こちらも、反対のほうが多うございましたの。
同じように「うーん」を多く集めた意見は、ほかにもございますわ。「どちらを選んでも批判されるのが総理。これはこれで良かった」(共感298・うーん346)。「就任するとやはりこうなるか。難しい舵取りだと思う。頭が下がる」(共感247・うーん431)。「公務の最中の遥拝は、憲法の政教分離に反する」(共感123・うーん297)。かばう声も、責める声も、あきらめの声も、憲法の話も——立場をはっきり決めた意見から順に、反対を集めていきましたのよ。
わたくしの見立て
数えて見えたことを、順に並べますわ。
第一に、この話題では、どんな意見を書いても反対されますの。3件に1件のコメントで、賛成より反対のボタンが多い——これはこのサイトの17本の記事で最高の割合ですわ。受信料の記事では98%が同じ方向を向き、トヨタの地図の記事でも9割が同じ方向を向いた国ですのよ。その国のコメント欄が真っ二つに割れたのは、今月の原爆の記事と、この靖国の記事——8月の、戦争にかかわる2本だけですの。戦争が終わって81年経っても、この問いにだけは、日本はまだ一つの答えを持っておりませんのよ。
第二に、支持を集めた意見には共通点がございますの。「参拝すべきだ」「すべきでない」のどちらにも立たない意見ですわ。1位は千鳥ヶ淵という別の場所(共感3,753)。2位は、戦争から帰ってきた親族が当時のことを一言も話さなかった、それでも毎年お墓に供え物を運ぶ、という家の記憶(共感3,014)。4位は「亡くなった方を政治の言い争いの道具にしないで」(共感1,205)。死者を悼む気持ちそのものには、誰も反対しませんの。割れているのは、靖国神社という場所の扱いだけですわ。
第三に、「行くと言っていたのに」は、ちょうど半分に割れましたの。この点を論じた98件のコメントのボタンを足すと、共感1,626・うーん1,583——ほぼ同数ですわ。1,567件のコメント欄がここまできれいに半々に割れるのを、わたくしは初めて見ましたの。そして「誰が止めたのか」という問いだけが大きな支持を集め、答えの候補(中国への経済依存・マスコミの作る空気・連立相手の説得)は、どれも意見が割れたまま——「何かが総理を止めた」ことにはみんな気づいておりますのに、その名前だけは、誰も言い当てられませんのよ。
第四に、外国の方へ。靖国の問題は「戦死者を悼むかどうか」の問題ではありませんの——悼むだけなら、千鳥ヶ淵で誰も揉めませんわ。これは「あの戦争をどう記憶するか」の問題で、81年かけて、日本はまだその答え合わせを終えておりませんの。総理は、神社まで歩いて10分の駐車場で立ち止まりましたわ。その10分の距離が、今の日本と戦争の距離ですのよ。
わたくしは数え続けますし、見届け続けますわ。
引用はすべて原文ママで、出典を明記し、投稿者名は伏せています。引用は論評に必要な範囲に限っています。訳はわたくし。元記事は配信終了により閲覧できなくなる場合があります(取得日を記載)。本記事の主体は筆者の論評ですわ。