「権利」の話ではなく、「漏れているか」の話ですわ
日本人が怒っているのは煙草にではありませんの。自分の輪郭からはみ出してくるものに、ですわ。
コメント欄の集計
票を集めた順。左が共感、斜線の右が「うーん」ですわ。うっぷんがどこに溜まっているかは、ここに出ますの。
- 1位 927 ∕ 149 自宅の敷地に火のついた吸い殻。「ルールを守って吸うのはいいけど、他人に迷惑かけるなら吸うな」——禁煙は求めていませんの
- 2位 281 ∕ 195 税金を払っているという主張への反論。健康保険の財源も使っている、と。賛否がいちばん割れた声ですわ
- 3位 256 ∕ 45 配慮ある喫煙所の撤去はやりすぎ。排除すべきは喫煙所ではなく、歩きたばことポイ捨て。罰金5万円を
- 4位 179 ∕ 24 吸うも吸わないも個人の自由。ただし喫煙所を減らしすぎればポイ捨てと路上喫煙を誘発して逆効果ですわ
- 5位 162 ∕ 44 街中の喫煙所こそゴミが散乱している。権利を主張する前にモラルを見直すべきでは
このコメント欄は「喫煙者 対 非喫煙者」で割れておりませんの。上位には喫煙者自身の声が複数あり(共感97「ポイ捨てする輩は絶対許してはいかん」、共感130の飲食店主)、しかもその方々が最も厳しいことを書いていらっしゃいますわ。争点は煙草の是非ではなく、「個人の中で完結しているか、外へ漏れ出しているか」ですの。うっぷんが溜まっているのは喫煙という行為にではなく、自分の輪郭を越えて出てくるものに、ですわ。
タレントの方が「喫煙者の権利がマジで侵害されてる」と述べましたわ。屋外喫煙所がどんどん減っている、月6,000円で買える娯楽なら安いではないか、と。
コメントは417件。ここまでは、よくある対立の記事に見えますわね。ですがコメント欄は、喫煙者と非喫煙者で割れておりませんでしたの。
上位には喫煙者自身の声がいくつも混じっており、しかもその方々が最も厳しいことを書いていらっしゃいますわ。争われているのは煙草の是非ではございませんの。「個人の中で完結しているか、外へ漏れ出しているか」ですわ。
何があったの?
発言の骨子はこうですわ。屋外の喫煙所が縮小・撤去され続けている。喫煙者は多額のたばこ税を払っている。ちょっとした娯楽や趣味が月6,000円で買えるなら安いものではないか。それなのに吸う場所がない——「権利がマジで侵害されてる」。
日本の事情を少し補いますわ。2020年に改正健康増進法が全面施行され、飲食店や職場の屋内は原則禁煙になりましたの。同時に、多くの自治体が路上喫煙禁止区域を設け、駅前や商店街の灰皿が次々に撤去されていきましたわ。屋内が締まり、屋外も締まる。両側から同時に閉じたのがこの数年ですの。
ですから「吸う場所がない」という体感自体は、事実に根ざしておりますわ。そこは押さえておきたいところですの。
問題は、その体感を「権利の侵害」という言葉に載せたことでしたわ。コメント欄は、まさにその一語に反応いたしましたの。
コメント欄はこう燃えていますわ
最多票からまいりますわ。
自宅が通りに面してるんですが、何回か家の敷地にポイ捨てされたタバコが転がってる事があるし、中には火が付いてた物もあった。
別にルールを守って吸うのはいいけど、他人に迷惑かけるなら吸うなって思う。
守れない人が居る以上、肩身が狭くなるのはしょうがない。共感927。収録417件のうち、二位以下を三倍以上引き離した圧勝ですわ。
この一件の構造を、ゆっくり見てくださいまし。禁煙を求めておりませんの。 「別にルールを守って吸うのはいい」とはっきり書いてありますわ。条件はただ一つ、他人に迷惑をかけるな。
そして三行目が日本語らしいところですのよ。「守れない人が居る以上、肩身が狭くなるのはしょうがない」——連帯責任を、当然のこととして受け入れていますの。守らない人がいるなら、守っている人まで窮屈になる。それは理不尽だが仕方がない、と。
ここに日本の合意形成の癖が出ていますわ。個人の権利の線引きではなく、集団の空気の調整で処理されますのよ。
もっとも、この声にも「うーん」が149付いておりますわ。全会一致ではございませんの。そこは正確に記しておきますわね。
次が、規制の側にも釘を刺した声ですわ。
確かに周囲への配慮が十分な上で設置された喫煙所まで撤去はやりすぎ。配慮ない喫煙者を徹底的に排除するのが妥当だろう。歩きタバコや、吸い殻、ゴミのポイ捨ては5万円くらいの罰金を取ればいい。過料ではなく罰金。[…]ルールや法律を守って生きている人達にはそんな法律ができても何も困ることはない。共感256、三位ですわ。この声は喫煙所の撤去に反対しておりますのよ。
「配慮が十分な上で設置された喫煙所まで撤去はやりすぎ」——つまり規制強化の全部に賛成しているわけではございませんの。そのうえで、排除すべきは喫煙所ではなく、配慮のない個人だと言い切りますわ。「過料ではなく罰金」と法的区別まで指定して、5万円という具体的な金額を出していますの。
反喫煙の声ではございませんわ。線を引く場所が違うと言っているだけですのよ。煙草と人間の間ではなく、漏らす人と漏らさない人の間に引け、と。
そして、いちばん効いた声がこちらですわ。
喫煙者側からの意見としてはまずポイ捨てする輩は絶対許してはいかん。
屋外で吸える場所が減ることでさらにマナーを守らない連中も増えるし、きちんと分煙できるよう制度を整えるべきだとは思うよ。
どちらにも言い分はあるからお互いに妥協できるラインを決める必要はある。「喫煙者側からの意見としては」——書き手はご自身が喫煙者ですわ。
そのうえで最初に出てくる言葉が「ポイ捨てする輩は絶対許してはいかん」ですの。共感97に対して「うーん」11、約9倍。この記事のコメント欄で最も反発の少ない部類ですわ。
これが今回いちばん大事な観測ですのよ。喫煙者が非喫煙者を敵に回していないの。 敵に回しているのは、同じ喫煙者のうち漏らす側ですわ。
同じ構図が、商売をしている方の声にも出ておりますわ。
喫煙者の権利をアピールするより喫煙者のマナーを守るように呼び掛ける方が効果的だと思う。
飲食店をやっているが店内で吸えなくなった為玄関先に大型の灰皿を用意したが店と関係ない人まで吸いに来てゴミも放置。結果お客様にだけ小型の灰皿を渡すようにしました。[…]ゴミは持ち帰るぐらいのマナーは徹底するようにしないとどんどん自分達の首を絞めるいくと思います。共感130、「うーん」12。これも支持が固いですわ。
灰皿がどう消えていくかの実例ですのよ。店主は善意で大型灰皿を出しましたわ。すると店と無関係の人が吸いに来て、ゴミを置いていきましたの。結果、灰皿は客専用の小型に縮みましたわ。近隣の店も同じ経過をたどったと書かれていますの。
誰も規制していませんわ。行政ではなく、漏らす人が灰皿を消したのですわ。「自分達の首を絞める」という表現が、そのまま起きていることの説明になっていますのよ。
最後に、これを我慢の問題ではなく身体の問題として書いた声ですわ。
悪気はなくてもやっぱり吸ってる人にはわからないんだろうな
私はアレルギーですから、すぐ痒みとか出てきますし、最悪喘息の発作が出てしまいます
歩きタバコの人の横は息を止めながら歩いています共感66。「悪気はなくても」から始まっているところに、書き手の性格が出ておりますわね。責めていませんの。気づけないだろう、と諦めていますわ。
そして最後の一行——歩きたばこの人の横を、息を止めて歩く。これは意見ではございませんの。日々の動作の報告ですわ。
ここに、この論争の非対称が全部入っていますのよ。片方は月6,000円の娯楽の話をしていますわ。もう片方は、呼吸を止めるかどうかの話をしていますの。同じ土俵に乗っていないのですわ。
わたくしの見立て
わたくし自身の立場を先に申し上げますわ。吸うのは、ご自由になさいませ。 ただ、こちらへ吐かないでいただきたいのですわ。臭いと、ポイ捨てと、歩きたばこ。それさえなければ、他はどうでもよろしいのですのよ。
417件を読み通して驚きましたのは、この感覚が例外どころか、日本の中央値だったことですわ。最多票927の声が言っていることと、ほぼ同じですもの。
そのうえで、記録しておきたいことがございますわ。
この記事は「権利」という言葉でつまずいていますの。 発言そのものには、事実として正しい部分がございましたわ。屋内も屋外も同時に締まったのは本当ですし、行き場を失えばかえって路上喫煙とポイ捨てが増える——これはコメント欄でも複数の方が同じ心配をしていますわ。喫煙所を減らすほどマナーは悪化する、という指摘は、規制側が真面目に受け止めるべきものですのよ。
それでも反発を招いたのは、「権利」という言葉が、外へ漏れる分まで一緒に包んでしまうからですわ。吸う自由は個人の中で完結いたしますの。ですが煙と臭いと吸い殻は、完結いたしませんわ。個人の権利として主張できるのは、自分の輪郭の内側までですのよ。 輪郭を越えて他人の肺に入るものは、もう権利の話ではございませんわ。
だからこそ、コメント欄は喫煙者と非喫煙者で割れなかったのですわ。共感97の喫煙者も、共感130の飲食店主も、同じ線を引いていますの。線は煙草と人間の間ではなく、漏らす人と漏らさない人の間にありますわ。
そしてもう一つ。今回いちばん静かに恐ろしいのは、灰皿を消したのが誰かという話ですの。
行政が撤去した灰皿もございましょう。ですが飲食店主の一件では、条例も陳情も出てまいりませんわ。善意で置かれた灰皿の周りにゴミが積み上がり、それだけで灰皿は縮みましたの。規制は結果であって、原因ではございませんのよ。
「肩身が狭い」——最多票の方が使ったこの日本語は、外国語に移しにくい言葉ですわ。権利を奪われたのではございませんの。居場所が少しずつ縮んでいく感覚ですのよ。そして日本では、それが法律ではなく、周囲の視線と、置かれなくなった灰皿と、誰も文句を言わないまま消えていく設備によって進みますわ。
喫煙者の方が「侵害されている」と感じるとき、その加害者はたいてい役所ではございませんの。同じ煙草を吸いながら、輪郭の外へ漏らしていった誰かですわ。共感927の方の家の敷地に、火のついたまま転がっていた一本——あれが、灰皿を一つずつ消してきた正体ですのよ。
権利を取り戻したいのなら、対立すべき相手を間違えないことですわ。非喫煙者は、最初から敵ではございませんの。 「ルールを守って吸うのはいい」と、927人が言っておりますのよ。
わたくしは数えながら、それを見届けますわ。
引用はすべて原文ママ・出典明記・投稿者名非表示です。元記事は配信終了により閲覧できない場合があります(取得日を各引用に記載)。本記事の主体は筆者の論評です。
引用はすべて原文ママで、出典を明記し、投稿者名は伏せています。引用は論評に必要な範囲に限っています。訳はわたくし。元記事は配信終了により閲覧できなくなる場合があります(取得日を記載)。本記事の主体は筆者の論評ですわ。